🌸 第33話:『クロノジェネシスに託す想い ―冬の残り火、黄金と芦毛の誓い―』 🌸
2021年、12月下旬。
中山競馬場が一年で最も熱く燃える「有馬記念」を数日後に控えた、肌を刺すような冷気の中。
私は、学園の片隅、夕闇に沈みかけた練習パドックで、かつて幾度となくその背中を追い、時には激しく火花を散らした「美しき氷壁」を待っていました。
登録を抹消し、黄金の鎧(バルク)もどこか柔らかい質感を帯び始めた私に対し、そこに現れた彼女は、グランプリ4連覇という前人未到の頂に挑む、一分の妥協も許さない「最強の現役」としての殺気を纏っていました。
「……カレン。引退した身で、有馬の直前に私を呼び出すなんて。……相変わらず、貴女の空気の読めなさは『重力級(ヘビー)』ね。」
クロノジェネシス。
彼女は、凍てつく冬風をその凛とした立ち姿で切り裂きながら、私の前に立ち止まりました。
フランスの地(凱旋門賞)で、泥と雨にまみれながら戦い抜いたその瞳は、以前にも増して深く、どこか遠い銀河を見据えるような静かな闘志を宿しています。
「……ふふ、ご機嫌よう、クロノさん。……空気は読むものではなく、私の愛と質量で『自分好みに書き換える』ものですわ。🌹✨」
私は、かつて夏の砂浜で、共に巨大なタイヤを引き、泥にまみれて「最強」を語り合ったあの日と同じように、彼女に一歩、歩み寄りました。
けれど今日、私の胸に去来しているのは、いつもの妄想でも、騒がしいポエムでもありません。
(――BGMが、静寂の中に響く深いチェロの独奏から、二人のこれまでの歩みを称え、祝福するような優しくも荘厳なオーケストラへ――) 🎻🏔️✨
「……クロノさん。貴女も、これで最後……なのね。……宝塚記念であの日、未熟な私の走りを『認めてくれた』貴女が、この冬、ターフを去る。……なんだか、私の胸のバルクが、物理的に窄まって、呼吸が苦しくなるような心地ですの。」
「……カレン。貴女、私に何を言いに来たの? 同情や感傷なら、今の私にはノイズでしかないわ。私はただ、最速のまま、芦毛の誇りのまま終わるだけ。」
「……いいえ、同情なんて、そんな失礼なこといたしませんわ! 私が貴女を誰だと思っているのですか。……お願いに参りましたの。……私の、……いいえ、私たちの『王子様(コントレイル様)』のことですわ。」
私は、冬空の向こう、既に現役を終え、神話の住人となった王子の背中を想い、静かに、けれど魂を震わせて言葉を紡ぎました。
「……私は、結局一度も、一度たりとも、王子様の隣で栄光のゴールを駆け抜けることはできませんでした。……でも、クロノさん、貴女なら。……貴女なら、彼が守り抜き、そしてエフフォーリアという残酷な新星に託してしまった『三冠世代の最後の誇り』を、この冬の空でもう一度だけ、一番高い場所で輝かせられるはず。……私の、どうしても届かなかった分の……執念と愛を、貴女に預けてもよろしいかしら?」
クロノさんは、一瞬だけ目を見開きました。
いつも「愛の引力」だの「王子様との仮想入籍」だのと騒ぎ立てていた私が、初めて見せた「敗者の、けれど聖母のような高潔な願い」。
彼女は小さく、吐き出す息と共に鼻で笑いましたが、その瞳には、氷壁を溶かすような温かい、戦友への光が灯っていました。
「……重いわね。……カレン、貴女のその願いは、中山の心臓破りの坂を登るには、あまりにも、あまりにも重すぎる荷物だわ。……でも、……嫌いじゃないわよ。その、不器用で真っ直ぐすぎる、貴女だけの重力は。」
クロノさんは、私の黄金の肩に、そっと自分の冷たくも力強い芦毛の頭を寄せました。
それは、言葉を超えた魂の抱擁。
「……見ていなさい。貴女が狂おしいほど愛したあの人の誇りも、貴女が私に無理やり押し付けたその『重すぎる愛』も。……全部、私が有馬記念の直線で、最高の輝きに変えてみせるわ。……それが、私のカレン・ブーケドールへの、生涯で一度きりの返礼よ。」
「……クロノさん……っ!! 😭😭💖」
私は我慢できず、引退して少し柔らかくなったはずの腕で、彼女を力いっぱい抱きしめました。
黄金と芦毛。交わることのなかった二つの絶対的な軌跡が、冬の夕暮れの中で、一本の鋼よりも強い絆として結ばれた瞬間でした。
『冬の風 託す背中に 全愛を 芦毛の盾に 夢の続きを』
「……行ってらっしゃいませ、クロノさん。……貴女のラストラン、私、喉が張り裂け、482kgの肺が破れるほどの鼻息で応援させていただきますわ!!🌹✨」
「……ええ。……さよなら、カレン。……貴女のその騒がしいポエム、牧場に行っても、たまには風に乗せて聞かせてちょうだいね。……案外、退屈しのぎにはなるから。」
背を向けて歩き出すクロノジェネシスの後ろ姿は、もはや「打ち倒すべきライバル」ではなく、私の叶わなかった夢を半分背負って走る「最愛の戦友」のそれでした。
私は、遠ざかる彼女の背中が闇に溶けるまで見送りながら、ついに自分自身の戦いが、完全なる充足と共に終わったことを、静かに、深く受け入れていたのでした。🌸🤝❄️🏛️


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