🌸 第2話 歌姫、はじめての朝はちょっと荒れ気味
春嵐が嘘みたいに静まった翌朝。
厩舎には、雨上がりの匂いと、まだ少しだけ残る湿った風が漂っていた。
その静けさを破ったのは──
「ふんっ」
という、小さくて妙に強気な鼻息。
スタッフが顔を見合わせる。
「……今の、赤ちゃんの鼻息だよね?」
「強くない? なんか強くない?」
嵐明けの朝なのに、なぜか全員が慎重に近づく。
理由はひとつ。
生まれた瞬間からツン顔だったから。
朝日が差し込むより先に、
黒鹿毛の女の子のツンとした視線がスタッフを射抜く。
「お、おはよう……?」
恐る恐る声をかけると、
返ってきたのは 無言のジト目。
その横で、マスクオフ母さんが
「近づきすぎ注意よ」
と言わんばかりのオーラを放っている。
スタッフは自然と距離を取った。
やがて、ちびディーヴァが立ち上がる。
その動きは妙に力強く、
「え、もうそんなに踏ん張れるの?」とざわつくほど。
ただし──
歩き出した瞬間、
よちっ……よちっ……
と、ぎこちない足取り。
そのアンバランスさがまた可愛い。
そしてすぐに、耳が不機嫌そうな角度に傾く。
「怒ってる?」
「いや、怒ってないのかもしれないけど怒ってるように見える」
スタッフの会議が始まる。
さらに驚くべきことに、
前髪だけ今日も完璧だった。
嵐の夜を越えたとは思えない整い方に、
「これ絶対なんかの才能だよね?」とざわつく。
ミルクをあげようとすると、
ツンとそっぽを向く。
「いらないの?」
「飲まないの?」
「……飲んだ!」
飲むときだけ素直で、しかも可愛い。
そして、鳴いた。
その声があまりにも綺麗で、
スタッフ全員が二度見した。
「え、今の……歌?」
「歌姫じゃん……」
自然と“歌姫”というあだ名が広まっていく。
最後に、
ミルクを飲み終えたちびディーヴァが
ほんの一瞬だけ、
視線をそらしながら耳をちょっと倒した。
それは、どう見ても──
デレだった。
スタッフ全員、固まる。
「……今、デレたよね」
「いや、見間違いじゃない?」
「いやいやいや、絶対デレたって!」
こうして、
嵐の歌姫の“はじめての朝”は、
ちょっと荒れ気味で、
ちょっと可愛くて、
そしてツンデレの片鱗がしっかり刻まれたのだった。


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