🌸 第1話 春嵐の夜、ひとつの歌が生まれた
春のはずなのに、空は冬みたいに荒れていた。
風は唸り、雨は横殴り、牧場の屋根はガタガタ震え、
スタッフたちは「今日じゃないでしょ…!」と半泣きで走り回っていた。
その中心で、マスクオフ母さんは落ち着き払っていた。
嵐だろうが雷だろうが、彼女は動じない。
むしろ「はいはい、来るなら来なさい」という顔で、
静かに呼吸を整えていた。
「そろそろだ!」
誰かが叫んだ瞬間、風がさらに強く吹き荒れた。
レインコートは役に立たず、スタッフは全員びしょ濡れ。
それでも目は母馬の方へ釘付けだった。
そして──
黒鹿毛の小さな女の子が、嵐の中に生まれ落ちた。
生まれた瞬間、彼女はツンとした顔で周囲を睨んだ。
まだ目も開ききっていないのに、
「うるさいんだけど?」と言いたげな強い目つき。
スタッフ全員が一瞬で固まった。
「……え、気が強い?」
「いや、強すぎるでしょ」
「前髪、なんでこんなに整ってるの?」
嵐の風が吹き込んでいるのに、
彼女の前髪だけは完璧に形を保っていた。
まるで“嵐の中心の静けさ”みたいに。
マスクオフ母さんは、そんな娘を誇らしげに見つめていた。
小さな鼻息は「ふんっ」と強く、
鳴き声は綺麗なのに態度はツンツン。
スタッフは全員、心の中で同じ言葉をつぶやいた。
「この子、絶対に気が強い」
名前会議はすぐに始まった。
嵐、雷、風、暴風、台風、ストーム……
出てくる候補が全部“天気予報”みたいで、
誰かが「いや、もっと可愛いのないの?」と突っ込む始末。
そんな混乱の中、
ふと、嵐が一瞬だけ静まった。
風が止み、雨音が遠のき、
厩舎の中に、彼女の小さな呼吸だけが響いた。
その黒鹿毛の瞳には、
嵐の中心にだけ存在する“静かな光”が宿っていた。
その瞬間、スタッフのひとりがぽつりと言った。
「……歌だ。嵐の中で、歌が生まれたみたいだ」
こうして、
嵐の夜に生まれたツンデレの歌姫──
マスクトディーヴァの物語が始まった。



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