🌸 第31話:『12月1日の抹消届 ―脱ぎ捨てた黄金の鎧、静寂に響く感謝の蹄音―』 🌸
2021年12月1日。
カレンダーが最後の一枚になったその朝、美浦トレーニングセンターの空は、まるで誰かが丹念に磨き上げたかのように、どこまでも高く、透明な冬の青色を湛えていました。
「……ふふ。スタッフさん、そんなに鼻を赤くして、情けない顔をしないでくださいな。……今日の私は、なんだか重力から解放されたみたいに、身体が羽のように軽いのですわ。🌹✨」
住み慣れた馬房(お部屋)の中で、私は最後の手入れを受けていました。
夏の海辺でタイヤを引きちぎり、秋の府中で絶望の淵を彷徨い、そして冬のジャパンカップで王子様(コントレイル様)のラストランを隣で守り抜いた、私の誇り高き482kgの肉体。
激闘の名残である数々の微かな傷跡、そして皮膚の下で静かに脈打つ強靭な筋肉。それらは今、全ての役割を終え、凪いだ海のような穏やかな鼓動を刻んでいました。
(――BGMが、これまでの激闘を象徴する壮大なシンフォニーから、粉雪が舞い落ちるような、優しくも切ないピアノとチェロの二重奏へ――) 🎹🎻❄️
「カレン、本当に……本当によく頑張ったな。お前は一度も自分に負けなかった。……俺たちスタッフにとっても、お前は最高の『夢』だったよ。……ありがとうな。」
スタッフさんの震える掌が、汗と泥を洗い流し、真珠のような光沢を取り戻した私の黄金のたてがみを、何度も、何度も愛おしそうに撫でます。
その掌から伝わってくる、熱い涙のような温もりに触れた瞬間、私の胸の奥底――重厚なバルクのさらに奥に仕舞い込んでいた「ただ走ることが大好きだった、一頭の小さな女の子」の心が、じわりと熱く、甘く溶け出していきました。
「(……ああ。終わるのね。……掲示板に一度も載らなかったあの日も、王子様と二人きりで閉じ込められたあの図書室も、星空の下で交わしたあの不器用な約束も……。すべてが、私の筋肉(バルク)の一片となって、私をここまで運んでくれた。)」
私は、馬房の入口に置かれた、今日の主役であるはずの一枚の書類を静かに見つめました。
【中央競馬 競走馬登録抹消届】
そこに記された無機質な文字。その紙切れ一枚で、私の「カレンブーケドール」としての公的な戦史は幕を閉じ、私は一頭の「自由な牝馬」へと戻ります。
けれど、私の魂に刻まれた「愛の戦歴」と、王子様の瞳に焼き付いたであろう私の走りは、たとえ記録から消えても、記憶という名の不滅の銀河に残り続ける。
私は静かに瞼を閉じ、遠く離れた栗東にいるであろう、同じく戦いを終えたばかりの王子様に、心の中で最後の、そして最高に重厚で優美なポエムを贈りました。
『戦い終え 鎧を脱げば ただの恋 空に描いた 飛行機雲よ(完)』
「……王子様。貴方がいなければ、私はこれほどまでに自分を追い込み、自分という存在を愛することはできませんでした。……貴方の隣で風を感じ、貴方の背中に愛を叫び続けた日々こそが、私の……唯一無二の三冠馬級の勲章ですわ。🌹👑」
最後に馬運車へ乗り込む直前、私は慣れ親しんだ坂路と、多くの汗を流した馬房に向かって、一度だけ、空を震わせるほど高く、美しく嘶(いなな)きました。
それは、勝利を渇望する咆哮でも、未練に咽ぶ叫びでもなく、この世界への純粋な「感謝」の調べ。
「さあ、スタッフさん。扉を閉めてくださいな。……私の新しい物語――一頭の『女性』として、王子様が牧場へ帰ってくるのを、最高の笑顔で待つための場所へ!✨👼✨」
482kgの黄金の花束は、多くのファンの涙と、冬の陽光のような温かい拍手に包まれながら、静かに、けれど誰よりも誇り高く、戦場という名のステージを降りていきました。
ゲートの外に広がる世界は、冬の澄んだ光に満ちて、どこまでも優しく、カレンブーケドールの第ニの人生を、祝福のファンファーレで彩っているようでした。🌸🕊️🏛️💧


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