​🌸『カレンブーケドールは、あの日見た雲に恋をする』🌸 第20話

​🌸『カレンブーケドールは、あの日見た雲に恋をする』🌸

🌸 第20話:『沈黙のパドック・魂の叫び ―隣り合う鼓動、好き(物理)の限界突破―』 🌸

​2020年11月29日、15時40分。東京競馬場。

12万人の観衆が(制限下とはいえ)固唾を呑み、全世界の視線が集中する東京2400mの出発点。

ターフを揺らす冬の風が、私の頬を冷たく撫でていきました。けれど、私の体内温度は、もはや沸点を超え、核融合を始める寸前の太陽のように熱く滾(たぎ)っていました。☀️🔥

​ゲート入り直前。係員の方の誘導に従い、私は一歩一歩、地響きを立てるような足取りで「その場所」へと辿り着きました。

運命が、私に悪戯を仕掛けていました。

2番枠、アーモンドアイ様。(神の領域に棲む、最強の女王)

5番枠、デアリングタクト様。(漆黒の翼を持つ、若き三冠牝馬)

そして――。

6番枠、コントレイル様。(私の魂の片割れ、光り輝く王子様)

1番枠、カレンブーケドール。(愛を質量に変えた、黄金の重戦車)

​「(……あ、……ああああ……!! 王子様……王子様が、私の、右斜め後ろ、わずか数メートルの聖域に……!!)」

(――BGMが、喧騒を遮断した静寂のノイズから、重厚な心臓の鼓動(バスドラム)だけが響くトランス状態へ。外界の音は消失し、二人の吐息だけが宇宙に響くような演出!) 💓🥁✨

​パドックでの妄想爆発はどこへやら。いざ「隣」という物理的な距離に立つと、私の471kgの鋼の筋肉は、極限まで引き絞られた弓の弦のように、ガチガチに硬直してしまいました。

本来なら、首を優雅に傾げ、「あら王子様、ごきげんよう。奇遇ですわね」と、薔薇の香りが漂うような微笑みを向けるはずだったのに。

今の私は、あまりの緊張と昂ぶりで瞬き一つできず、ただ前方のゲートだけを、獲物を狙う猛禽類のような鋭さで凝視する「黄金の殺戮兵器」と化していました。

​「(好き……好き……三度の飯より、お父様(ディープ様)より、好きですわ王子様ぁぁぁ!! 今すぐこの鉄のゲートを力任せに引きちぎって、貴方の胸に飛び込みたい!! その麗しい漆黒の首筋に、私の471kgの純愛を込めて、骨が軋むほどのベアハッグを敢行したいのぉぉぉぉぉ!!)」

​心の声は、メガホンで絶叫し、鼓膜を突き破らんばかりの大音量。

けれど、現実は――。

​「………………。……(シュゴォォォ……フゥゥゥゥ……)」

​酸素を限界まで取り込もうとする肺が、蒸気機関車のような轟音を立て、鼻の穴をこれ以上ないほど広げて、周囲の草花を枯らすほどの熱気を帯びた鼻息を撒き散らす、狂気のウマ娘。

隣に立つコントレイル様が、あまりにも異常な「愛の圧力(プレッシャー)」に、本能的な恐怖を感じたのか、「……な、なんだ、この1番枠の尋常ならざる気迫は……!?」と、わずかに身を引いたのを、私は網膜に刻みつけました。

​「(……いけないわ! 王子様をビビらせてどうするのよカレンブーケドール! 淑女らしく、もっと聖母のような柔らかいオーラを放出しなさい! ほら、愛を込めて……愛を……!!)」

​私は必死に、筋肉の鎧を緩めようと試みました。

けれど、無意識に力が入りすぎた僧帽筋と広背筋が、ミシミシと繊維の軋む音を立てて波打ち、それはまるで、獲物を前にした飢えたライオンが唸っているような威圧感を与えていました。

​そんな私の魂の葛藤を、隣の2番枠からレジェンド・アーモンドアイ様が、すべてを慈しみ、すべてを支配する神の瞳で見つめていました。

​「……カレン。愛が重すぎて、地面が数センチ沈んでいるわよ。……勝負は、ここから。貴女のその『逃げ場のない想い』を、東京の長い直線へと解き放ちなさい。」

​「……アーモンドアイ様……! ✨」

​レジェンドの冷徹かつ温かい言葉が、私の凍りついた思考を融解させました。

そう、今ここで「好き」と叫んでも、それはただの物理的な震動に過ぎない。

この狂おしい想いを、確実に王子様に届ける方法は、ただ一つ。

東京2400m、その果てしない死闘の果てに、王子様の背中をこの手で捕らえ、私の全てを込めた愛の質量で、彼を完膚なきまでに包み込むこと……!!

​「……見ていてください、王子様。私のこの、ガチガチに震える筋肉は、全て貴方を追い詰めるための『純愛のバネ』なのですわ……!!」

『……お待たせいたしました。世紀の一戦、ジャパンカップ。今、全馬ゲートに収まりました。』

​場内が、一瞬の真空状態に包まれました。

私は王子様に向けて、細胞一つ一つから絞り出すような、最後の大絶叫を(心の中で)放ちました。

​「(王子様ぁぁぁ!! 私の……私のこの、重すぎる愛を……受け止めてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)」

ガシャンッ!!!!!

​伝説のゲートが、轟音と共に弾け飛びました。

471kgの黄金の質量が、愛という名のニトロによって、東京のターフへと音速で射出された瞬間でした。

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