🔥🌊 第25話 函館スプリントS2025──影が濃くなる夏
🌫️① 疲労が心を曇らせる
長い戦いの疲れが、体にも心にも残る。
函館への輸送。
窓の外には、まだ少し冷たい北海道の空。
でも、クレアの胸の中にあるのは、
季節とは関係のない、
長い時間の“疲れ”だった。
高松宮記念で、
三度目の春、三度目の涙。
そこから少し時間は経ったはずなのに、
胸の奥の重さは、
思ったほど軽くなってはいなかった。
「……つかれてる……?」
体だけじゃない。
心も、少しずつ削れている。
それでも、
クレアはまたゲートへ向かう。
“まだ終わりじゃない”と、
自分に言い聞かせるように。
🍃❄️② 函館の風が冷たい
夏なのに、風が冷たい。
胸の奥まで刺さる。
函館競馬場。
カレンダーの上では夏なのに、
海から吹き上げる風は、
どこか冬の名残を引きずっていた。
「……さむい……」
震えるほどではない。
でも、
心の奥に触れてくるような冷たさだった。
夏の陽射しと、
冷たい風。
そのアンバランスさが、
クレアの胸を少しざわつかせる。
“夏なのに、
なんだか、あたたかくなりきれない……”
その感覚は、
今のクレア自身と、
どこか似ていた。
🌫️③ 不安が胸を締めつける
「もう勝てないのかもしれない」
そんな不安が胸を揺らす。
パドックを周回しながら、
クレアは、
スタンドからの視線を感じていた。
「クレア、まだやれるよな」
「そろそろ一本、欲しいよな」
「でももう6歳やしな……」
期待と、
不安と、
少しの“見送りムード”が混ざった空気。
「……もう、
かてないのかもしれない……」
その言葉が、
ふと胸をよぎる。
すぐに打ち消そうとする。
でも、一度浮かんだ不安は、
簡単には消えてくれない。
心の奥で、
小さなひびのように残り続ける。
⚙️④ 噛み合わない走り
スタートも、道中も、直線も、
どこか噛み合わない。
──スタート。
出遅れたわけじゃない。
大きな不利があったわけでもない。
それでも、
最初の一完歩から、
どこか“しっくりこない”感覚があった。
前は速い。
レコードが出るような、
淀みのない流れ。
クレアは、
ついていけないわけじゃない。
でも、
“ちょうどいい場所”を見つけられない。
前に行けば、
脚を使いすぎる気がする。
下げれば、
届かない未来が見える。
直線に向いても、
脚は動いているのに、
噛み合わない歯車のように、
前との差が縮まりきらない。
「……なんか、ちがう……」
そう思う間に、
ゴール板は近づいてきた。
🌑⑤ 影が濃くなる夏
敗北の影が、夏の光を遮る。
結果は8着。
掲示板にも、
賞金圏にも届かない。
レコード決着の中で、
決して大きく負けたわけじゃない。
それでも、
“勝負になった”とは言い難い位置だった。
夏の光は、
本来なら眩しくて、
前向きな季節の色をしているはずなのに。
クレアの周りだけ、
少し陰って見えた。
「……また、
“走ってはいるけど、勝てない”レース……」
その積み重ねが、
少しずつ、
クレアの影を濃くしていく。
夏の光よりも、
その影の方が、
はっきりと感じられた。
🕰️⑥ 「終わりが近い?」
その言葉が胸を刺す。
レース後、
どこかから聞こえてきた声。
「そろそろ、引き際なんかな……」
「よう頑張ってきたけどな」
「春のGⅠ、もう一回だけ見たいけど……」
“終わり”という言葉が、
クレアの耳に、
はっきりと届いてしまった。
「……おわり……?」
その二文字は、
鋭い刃物のように、
胸の奥を静かに切りつける。
自分でも、
どこかでうすうす感じていた気配。
でも、
誰かの口からこぼれた瞬間、
それは“現実味”を帯びてしまう。
「……まだ……
まだ、はしれるのに……」
そう思う心と、
“でも、前みたいには勝てていない”という事実が、
苦しく絡み合う。
🌸💫⑦ 春のGⅠへ向かう決意
でも、逃げない。
「もう一度だけ、春へ」
函館の空は、
相変わらず少し冷たかった。
でも、
クレアの胸の奥には、
まだ消えていない火があった。
「……もういちど、だけ……
はるのGⅠに、いきたい……」
それは、
無謀な願いかもしれない。
もう若くはない。
全盛期ほどのキレも、
もしかしたらないのかもしれない。
それでも──
一度だけでいい。
もう一度だけ、
あの春のゲートに立ちたい。
影が濃くなる夏。
その影の中で、
クレアは、
小さく、でも確かな決意を抱いていた。
「にげない。
もういちどだけ、はるへ──」
その言葉が、
静かに、
夏の函館の風に溶けていった。


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