🐎 第10話:【チューリップ賞】武豊、格闘技を知る —勝者なき「同着」の死闘— 🥊🌸
2021年3月6日。阪神競馬場。
桜のつぼみが膨らみ始めた仁川のターフは、前日からの雨を吸い込み、重く、粘り気のある「稍重」のコンディションとなっていた。
桜花賞への最終切符をかけたチューリップ賞。
単勝1.1倍。圧倒的すぎる支持を背負い、メイケイエール様は鼻筋の白いシャドーロールを誇らしげに揺らしてパドックに降臨した。
だが、その優雅な外見とは裏腹に、彼女の体内では「制御不能の熱核融合」が始まっていた。
『あら、皆様。またお会いしましたわね。……ふふ、今日の私は、去年までとは一味違いますわ。この溢れるパワー、この高ぶる魂! 誰にも、何ものにも、私を止めることはできませんわ!』✨
その背に跨った武豊の顔には、もはや「余裕」の二文字はなかった。
返し馬。お嬢様は首を左右に激しく振り、ハミをガリガリと噛み砕かんばかりの勢いで暴走の予兆を見せる。
「……エール、頼むぞ。今日は1,600mなんだ。少しは、人の話を聞いてくれ……」
天才の祈りは、ゲートが閉まる音と共に霧散した。
15時35分。運命のスタート。
――ガシャン!
その瞬間、阪神競馬場は「戦場」へと変貌した。🚀🌪️
12.9 – 11.6 – 11.8。
マイル戦としては極めて緩やかな流れ。だが、それがお嬢様の「狂気」に火をつけた。
『何ですの、このノロノロ運転は! 私を誰だと思っていますの!? 私は、メイケイエールですわよ!!』
3コーナー。
スタンドで見守る観客から、どよめきが、そして悲鳴が上がった。
エール様は、武豊が全体重を後ろにかけて手綱を引き絞るのを、あざ笑うかのように突き進んだ。
彼女の首は天を突き、白いシャドーロールが激しく上下する。
「あかん、止まらん!」「豊さん、持っていかれてるぞ!」
実況席も観客も息を呑む。
お嬢様は、馬群を割って、強引に、あまりにも暴力的に先頭へと躍り出た。
豊さんの腕はパンパンに張り、ヘルメットの下では冷や汗が濁流となって流れる。
もはやこれは競馬ではない。**「一頭の暴君を人間が必死に繋ぎ止めるサバイバル」**だった。💨🌪️
4コーナーを回る頃には、エール様は全てのスタミナを「人間との喧嘩」で使い果たしているはずだった。
だが、そこからがお嬢様の真骨頂。
『おーっほっほ! 邪魔ですわよ! 私が、道ですわ!!』
直線。
川田将雅を背にしたエリザベスタワーが、王道を行く末脚で外から襲いかかる。
普通なら、道中でこれほど暴走した馬は、ここでズルズルと後退する。
しかし、エール様は止まらない。
ボロボロになり、息を弾ませ、ハミに血を滲ませながらも、根性だけで脚を伸ばし続ける。
ゴール板直前。エリザベスタワーと、メイケイエール。
二頭の馬体が完全に重なったところで、長い、長い一分間が幕を閉じた。
掲示板に灯ったのは、非情な、そして皮肉な審判。
【1着同着:1メイケイエール / 5エリザベスタワー】 🤝🏆
勝った。確かに重賞勝利。だが、検量室に戻ってきた武豊の姿に、勝利の美酒を味わう余裕など欠片もなかった。
泥にまみれ、肩で息をし、何よりその表情は、まるで12ラウンドを戦い抜いたボクサーのように憔悴しきっていた。
駆け寄る武英智調教師に、豊さんは力なく、しかし魂を込めて言い放った。🤐💦
「……今日は、競馬じゃなかった。……『格闘技』だった。」 🥊💥
この言葉は瞬く間にトレセンを駆け巡り、メイケイエール伝説を決定づける「名言」となった。
勝ったのに、乗っていた人間が「命の危険」を感じる勝利。
お嬢様は、スタッフが差し出す水を「当然ですわ」とばかりに飲み干し、まだ興奮冷めやらぬ瞳でターフを見つめていた。
『おほほ! 同着? まあ、あちらのタワー様も、私の美学に食らいついてくる根性だけは認めて差し上げますわ。でも、天才様? 私、まだまだ走り足りませんのよ? 次の「桜」の舞台では、もっと激しいダンスを踊りましょうね!』🌹💅
だが、陣営の不安は極限に達していた。
重賞連勝。しかし、この「爆弾」を抱えたまま、本番の桜花賞でどう戦えばいいのか。
英智は、豊さんのパンパンに張った腕を見て、初めて恐怖した。
「……次、ノリさんに相談してみるか。」
その一言が、お嬢様をさらなる「異次元」へと導くことになるとも知らずに……。


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