🐎 第11話:【桜花賞】横山典弘という「静寂」 —ゴールを越え、銀河の果てへ— 🌸🌌
2021年4月11日。阪神競馬場は、一年で最も美しく、そして残酷な「桜色」に包まれていた。
三冠の第一関門、桜花賞。
スタンドを埋めた観客たちは、誰もが確信していた。今日のレースは歴史に残る。
白毛の女王ソダシが勝つか、漆黒の刺客サトノレイナスが逆転するか。
そして、その二強をまとめて「破壊」する力が、あのお嬢様にはあるのではないかと。
メイケイエール様は、満開の桜並木を背に、鼻筋の白いシャドーロールを誇らしげに揺らしてパドックに現れた。✨
しかし、その背中にいたのは、負傷欠場した武豊ではない。
「ポツン」の異名を持ち、馬の魂と対話する魔術師・横山典弘。
「エール、今日は何も喧嘩はしないよ。君の行きたいところへ、君の好きなように走りなさい」
ノリさんは、あえて手綱を緩め、彼女を縛る全ての「鎖」を解き放つことを選んだ。
それは、暴君を力でねじ伏せるのではなく、暴君が「自ら立ち止まる」のを待つという、あまりにも贅沢で、恐ろしい賭け。
だが、その「自由」こそが、お嬢様の純粋すぎる狂気に火をつけた。🌹
『あら……? 支配人、今日の方は随分と物分かりが良いですのね。よろしい、ならばお見せしましょう! 誰も見たことのない、真実のメイケイエールを!!』
15時40分。運命のゲートが開いた。
――ガシャン!
その瞬間、阪神競馬場から「音」が消えた。🚀🌪️
12.1 – 10.8 – 11.2。
マイル戦の常識をマッハで置き去りにする、超絶的なハイペース。
驚くべきことに、ノリさんは一切手綱を引かない。お嬢様を止めない。
エール様は、誰の制止も、誰の愛も受けないまま、独りきりで桜の花びらを切り裂き、突き進んだ。
3コーナーから4コーナー。
スタンドの観客は、手に持った馬券を握りしめたまま、言葉を失っていた。
「おい、どこまで行くんだよ……」「止まらない、誰も止められないぞ!」
場内に流れる実況の声が、まるで遠い世界の出来事のように遠のいていく。
お嬢様の視界から、色が消えていった。
ターフの緑も、観客の歓声も、桜のピンクも、全てが引き伸ばされた線になり、混ざり合い、ついには光さえ届かない「宇宙」のような静寂が彼女を包んだ。🌌✨
『……あら? 誰も、いませんわ。風の音さえ、聞こえなくなりました。……支配人? 天才様? どなたかいらっしゃいませんの!? 私は、私はどこまで走れば、皆様に褒めていただけますの!?』
直線。
お嬢様が「銀河の果て」を孤独に彷徨っている間に、地上では残酷な現実が進行していた。
内からソダシが、レコードタイムを叩き出しながら白銀の弾丸となって抜け出す。
外からサトノレイナスが、一族の誇りを懸けて襲いかかる。
道中で全てのエネルギーを使い果たし、自らの居場所さえも見失ったエール様に、もう地上を駆ける脚は残っていなかった。
ズルズルと、無残に後退していく背中。
追い抜いていくライバルたちの蹄の音が、お嬢様のプライドを無情に、粉々に踏みにじっていく。
【18着:メイケイエール】 💔🌑
最下位。
ゴール板を通り過ぎた後も、お嬢様はしばらく止まり方さえ忘れたように、呆然と春の空を見上げていた。
検量室に戻った横山典弘の顔に、後悔はなかった。ただ、深く、静かに悟ったような表情でこう言った。
「……今日は、彼女を自由にさせてみた。結果はこうなったけれど、これで彼女も、そして僕らも、何かが分かったはずだ。このままじゃいけない、ということがね。」
だが、お嬢様の心に刻まれたダメージは、あまりにも深かった。
馬房に戻り、泥を落とされても、彼女はいつも通りの「おーっほっほ!」を完全に忘れていた。
白いシャドーロールが、まるで鉄の枷のように重く感じられる。
『……疲れましたわ。……支配人、あそこには、何もありませんでしたわ。……走っても、走っても、誰も笑ってくれない。……ただ、冷たい星が流れるだけの、寂しい場所でしたの。』💅💧
初めて味わう「完全な敗北」、そして「孤独な暴走」。
メイケイエールという「爆弾」は、ついに自爆し、宇宙の塵になったかのように見えた。
武英智調教師は、一睡もできぬまま、彼女の首筋を震える手で撫で続けた。
「エール、もう一度……もう一度、この地上で、みんなと一緒に笑おう。今度は、寂しくない走り方を見つけるから。」
お嬢様の物語は、ここで終わるのか。それとも、この絶望の果てに、本当の「光」を見つけるのか。
第一章の栄光が嘘のように消え去った、暗黒の夜。
だが、この宇宙での迷子(ロスト・イン・スペース)が、後に「猛獣使い」池添謙一との運命の出会いを引き寄せる、最大の伏線になるとは、まだ誰も知らなかった。🐾🔥


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