🐎 第6話:厩務員のシャドーロール奮闘記 —お嬢様、最新の「ドレス」ですわよ— 🎀⚙️
滋賀県・栗東トレーニングセンター。まだ朝日が昇る前の厩舎街には、冷たい霧が立ち込めている。
武英智厩舎の担当厩務員は、馬房の前で一人、深い、深いため息をついていた。手元にあるバインダーには、デビューから連勝を飾ったお嬢様への「賞賛」と、それ以上に重たい「課題」が書き連ねられている。
「困りましたな……。このお嬢様、とにかく前しか見たくない。下も見たくない。隣なんて論外。……本能が『直線』すぎるんですわ」
メイケイエール様の問題は、その爆発的なスピードもさることながら、極端すぎる「前方集中型」の本能にあった。
彼女の視界に他の馬の影が入れば、「あら、私より前を走る不届き者がいますのね?」と、ハミを奪ってマッハの追撃を開始する。
さらに、顔を高く上げる独特の走法のため、自分の足元がまるで見えていない。地面に小さな凹凸があろうものなら、時速70キロ近い速度で自爆しかねない危うさを孕んでいた。
「シャドーロールを試しましょう。視界の下半分を遮って、彼女の意識を強制的に『足元』に向けさせるんだ」
武英智調教師の決断。だが、スタッフたちは全員知っていた。
このお嬢様が、自分の顔に「得体の知れない布切れ」を巻き付けることを、素直に許すはずがないということを。
最初に持ってきたのは、厩舎にあるあり合わせの、茶色の革製のシャドーロールだった。
厩務員がそっと近づいた瞬間、エール様は耳を絞り、鼻から「フンッ!」と火を吹きそうなほどの勢いで抗議のいななきを上げた。😤💢
『ちょっと! 支配人! 正気ですの!? 何ですの、その泥にまみれたジャガイモのような野暮ったい布切れは! そんなものを私の高貴な鼻筋に装着するなんて、美学への冒涜、いいえ、宣戦布告と受け取りますわよ!』
前掻きで激しく砂を飛ばし、バタバタと馬房の中で暴れるエール様。スタッフの手を華麗に、かつ力強く振り払い、決して鼻先を差し出そうとはしない。
困り果てたスタッフたちは、秘密の作戦会議を開いた。
「お嬢様に『機能』を説いても無駄だ。彼女の『美学』に訴えかけるしかない……!」
数日後。
厩務員は、特注の**「純白のボア」**が施された、眩いばかりに真っ白なシャドーロールを用意した。
それを、あたかも高級ブランドの新作ドレスを運ぶ執事のような手つきで、銀のトレイに載せる(ような)演出で彼女の前に差し出した。✨
「お嬢様、失礼いたします。実はこれ、パリの社交界……いいえ、世界のウマ娘界で今最も熱い視線を浴びている最新トレンド、『ノーズ・フリル・ドレス』のプロトタイプでございます。これを着こなせるのは、世界でも一握りの選ばれし貴婦人だけ。特に、深みのある鹿毛をお持ちの貴女には、この『白』が最高に映えます」
エール様は、ピクリと耳を動かした。
その大きな、吸い込まれるような瞳が、鏡に映った自分と、目の前の真っ白なフワフワを交互に見つめる。
『……あら? 白。……白毛の一族、あのソダシさんたちの象徴である清廉な白。それを、この私、ハイパー・ブラウンのメイケイエールがアクセントとして纏う……。ブラウンとホワイトのコントラスト。……悪くありませんわね。むしろ、私にしか着こなせない究極のモダン・アートですわ!』🌹💅
現金なもので、お嬢様は自分からスッと、気高く鼻先を差し出した。
白いシャドーロールが、彼女の鼻筋にぴたりと収まる。
鏡に映る自分。鹿毛の美しさを際立たせる、純白のライン。
それを見たエール様は、うっとりと自分の姿に酔いしれ、満足げに高らかにいなないた。
『おーっほっほ! 完璧ですわ! これで足元にうろちょろする雑音(他の馬)も見えなくなりましたし、何より私の気品が100倍増しですわね! さあ、今すぐこれを見せびらかしに、坂路(ランウェイ)へ向かいますわよ!』🏃♀️💨
こうして、後に彼女のトレードマークとなる「白いシャドーロール」は、お嬢様の「お気に入りファッション」として定着した。
だが、人間たちは知っていた。
視界を制限したところで、彼女の中に渦巻く「光より速く駆け抜けたい」という魂の暴走までを止めることはできない。
むしろ、足元が見えなくなったことで、「もう何も怖くありませんわ!」とばかりに、お嬢様の爆走はさらに**「迷いなき暴走」**へと進化してしまったのだ。
スタッフたちは、鏡の前でポーズを決めるお嬢様を見守りながら、「これで少しは安全に……いや、余計に加速しそうだな」と、胃の痛みを堪えて特大の胃薬を飲み下すのだった。⏳💦


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